名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)2170号 判決 1985年11月15日
原告
北山茂六
同
北山ふみ江
同
北山健二
同
北山ゆき子
右北山ゆき子法定代理人親権者父
北山茂六
同母
北山ふみ江
右原告四名訴訟代理人
細井土夫
被告
佐藤直樹
右訴訟代理人
福岡宗也
主文
一 被告は、原告北山茂六に対し金四、九四八万二、一二五円、同北山ふみ江に対し金四、八五八万二、一二五円、同北山健二及び同北山ゆき子に対し各金一〇〇万円並びに右各金員に対する昭和五八年五月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は四分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告北山茂六及び同北山ふみ江に対し、それぞれ金七、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年五月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告北山健二及び同北山ゆき子に対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年五月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの身分関係
原告北山茂六(以下「原告茂六」という。)は訴外亡北山清隆(昭和三五年七月二日生、以下「亡清隆」という。)の父であり、原告北山ふみ江(以下「原告ふみ江」という。)は亡清隆の母である。また、原告北山健二(以下「原告健二」という。)は亡清隆の兄であり、原告北山ゆき子(以下「原告ゆき子」という。)は亡清隆の妹である。
2 被告の不法行為
(一) 被告は、昭和五三年五月ころ訴外加藤薫身(以下「訴外加藤」という。)と知り合い、その後同女と親しく交際を続けていたが、同五七年一二月から亡清隆が訴外加藤と親密に交際するようになつたことを知り、訴外加藤を失うことを恐れ、亡清隆に対し嫉妬心を抱くようになつた。
(二) その後、被告は、亡清隆と訴外加藤とが、昭和五八年五月三日から同年同月五日までの間旅行に出かけたことを知るや、嫉妬のあまり亡清隆を殺害しようと決意し、同年五月六日午前二時四〇分ころ、名古屋市南区四条町三丁目一番地の二一所在北山建工株式会社名古屋営業所内において就寝中の亡清隆の顔面及び頭部を所携の金槌で乱打する暴行を加えた結果、同日午後八時五七分ころ名古屋掖済会病院において頭部及び顔面打撃による頭蓋内損傷により同人を死亡させた。
3 原告らの損害
(一) 亡清隆の逸失利益
亡清隆は、右死亡当時、名古屋大学医学部五回生であつて、学業成績も優秀であつたから、昭和六〇年三月には同大学同学部を二四歳で卒業し、同年の医師国家試験に合格し、医師資格を取得することは確実であつて、同人の父原告茂六は亡清隆が将来病院・医院を開設することを援助するに十分な資力を有していた。
従つて、もし被告の不法行為がなければ、亡清隆は二五歳から三四歳までの一〇年間を勤務医として稼働した後、三五歳で病院を開設し、以後六七歳までの三三年間を開業医として稼働したであろうと仮定するのは十分合理性がある。
(1) そこで、二五歳から三四歳までの一〇年間を二分し、賃金センサス昭和五七年第一巻第一表の男子労働者旧大・新大卒の平均給与につき四割を生活費として控除し、それぞれホフマン式計算法による算定をすると
(イ) 二五歳から二九歳までについては、金七三七万八、九四三円
〔(19万8,000円×12+68万8,600円)×(1−0.4)×(5.874−1.861)=737万8,943円〕
(ロ) 三〇歳から三四歳までについては、金八四三万〇、七四六円
〔(26万2,900円×12+105万900円)×(1−0.4)×(9.215−5.874)=843万746円〕
と算出される。
(2) 次に、三五歳から六七歳までについては、多数の会計事務所の資料を集計した昭和五九年版「野村の標準経営指標」によれば医院、病院等経営者の年収は二、〇〇〇万円を下らないから、その四割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により算定すると金一億六、八一八万円となる。
〔2000万円×(1−0.4)×(23.230−9.215)=1億6,818万円〕
(3) 従つて同人の逸失利益は合計金一億八、三九八万九、六八九円となる。
(二) 亡清隆の慰謝料
前記被告の不法行為は一方的かつ残虐なものであり、非業の死を遂げた亡清隆の苦痛、無念さは想像するに余りあるもので、同人固有の慰謝料は少なく見積つても金二、〇〇〇万円を下らない。
(三) 亡清隆固有の損害の相続
原告茂六、同ふみ江は昭和五八年五月六日相続により、亡清隆の被告に対する損害賠償請求権を取得した。
(四) 原告ら固有の慰謝料
被告の残虐な不法行為の被害者である亡清隆の両親兄妹である原告ら四名の蒙つた精神的苦痛は筆舌に尽くしがたいものであつて、同人ら固有の慰謝料は少なく見積つても各自金一、〇〇〇万円を下ることはない。
(五) 葬儀費等
原告茂六は亡清隆のため盛大な葬儀を行ない法要も営んでおり、同人がこれに要した費用は金四〇〇万円を下らない。
よつて、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、(一)原告茂六は、金一億一、五九九万四、八四四円のうち、金七、〇〇〇万円、(二)原告ふみ江は、金一億一、一九九万四、八四四円のうち、金七、〇〇〇万円、(三)原告健二、同ゆき子は各金一、〇〇〇万円のうち金五〇〇万円、及び右各金員に対する不法行為の翌日である昭和五八年五月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実を認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、原告主張の通り被告と訴外加藤及び亡清隆と訴外加藤がそれぞれ交際していたことは認めるが、被告が亡清隆に対し嫉妬心を抱くようになつた点は否認する。
(二) 同(二)の事実のうち、亡清隆と訴外加藤とが旅行に出かけたこと、被告が亡清隆に対して暴行を加え死に至らしめたことは認めるが、その余は否認する。
被告は亡清隆に対し暴行を加えた当時極度の緊張状態にあつて、就寝中の同人が急に起き上がろうとしたので驚愕し同人を気絶させるために同人を殴打したのである。
亡清隆は、訴外加藤に被告という長く交際を続け結婚の約束までしていた恋人がいることを知りながら同女と交際を始め、昭和五八年五月五日被告が同女のことについて亡清隆と談判しに来た時には被告を相手にせず馬鹿にしたような態度をとつており、亡清隆にも、被告が右暴行に至つた原因がある。
3(一) 請求原因3(一)のうち、亡清隆が名古屋大学医学部五回生であつたことは認めるがその余の点は争う。医学部の卒業生が全て医師資格を取得し開業医になるとは限らないし、医学部の新増設によつて医師の数が過剰になり一人当りの所得が減少することも予想される。
(二) 請求原因3(二)の点は争う。被告の不法行為の原因は亡清隆にも存した点を考慮すべきである。
(三) 請求原因3(三)の事実は認める。
(四) 請求原因3(四)は争う。
(五) 請求原因3(五)の事実は否認する。
三 抗弁
原告茂六、同ふみ江は、昭和五九年三月一七日右不法行為による損害賠償金として被告からそれぞれ金五〇〇万円の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は認める。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(原告らの身分関係)の事実は当事者間に争いがない。
二請求原因2(被告の不法行為)の各事実のうち被告と訴外加藤とが親しく交際していたこと、その後亡清隆と訴外加藤とが親密に交際するようになつたこと、及び被告が亡清隆に対して原告ら主張の暴行を加え、よつて同人を死に至らしめたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば以下の事実を認めることができる。
(一) 被告は昭和五三年ころから訴外加藤と結婚を前提にして交際を続けていたが、同五七年一二月訴外加藤は当時名古屋大学医学部学生であつた亡清隆とスキー場で偶然知り合つて急速に親密な交際をするようになつてから被告を冷淡にあしらうようになつた。被告は、その頃右同女と亡清隆の関係を聞知したため、亡清隆に対して嫉妬と憎悪の念を懐くようになつた。
(二) そして、被告は、昭和五八年五月五日夜訴外加藤が亡清隆と共に泊りがけの旅行へ行つていたことを知り、亡清隆に対する嫉妬心をつのらせ、同人と話をして訴外加藤と別れさせようと考え、当時亡清隆が起居していた名古屋市南区四条町三丁目一番地の二一所在北山建工株式会社名古屋営業所を訪れ、同人に対し訴外加藤のことを話しかけたが、全く相手にされなかつたため、一度は自宅に戻つたものの、その際亡清隆が訴外加藤と被告を侮辱する言動をしたことを思い出し、同人に対する憤激、憎悪の念を強くした。
(三) そこで、被告は、昭和五八年五月六日午前二時三〇分ころ再び前記北山建工株式会社名古屋営業所の亡清隆の居室に赴き就寝中の亡清隆に対し殺意をもつて所携の金槌でその頭部や顔面を多数回強打し、よつて同人を頭蓋内損傷により死亡させた。
以上の事実が認められる。
三請求原因3(原告らの損害)について判断する。
1 亡清隆の逸失利益について判断するに、<証拠>を総合すれば、亡清隆は死亡当時二二歳(昭和三五年七月二日生)の健康な男子で名古屋大学医学部五回生であり、学業成績は相当優秀であつて、卒業後医師となる希望であつたことが認められるので、被告の不法行為により死亡しなければ、二四歳で同大学同学部を卒業し医師資格を取得し、二五歳から六七歳までの四二年間医師として稼働したであろうことが推認される。
そして、昭和五八年度賃金センサス第三巻七二頁第三表(成立に争いのない甲第三号証)中医師(男)、企業規模計の区分によれば、男子労働者のうち医師に対してきまつて支給する現金給与額全年齢平均額は月額金六八万五、八〇〇円、年間賞与その他の特別給与額全年齢平均額は年額金一六四万四、一〇〇円であることが認められるから、亡清隆は二五歳から六七歳まで年間平均金九八七万三、七〇〇円の収入を得ることができたであろうと推認でき、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を四割とし、中間利息の控除につきライプニッツ式計算法を用いて死亡時における亡清隆の逸失利益の現価額を算定すれば、金八、九一六万四、二五〇円となる。
〔987万3,700円×(1−0.4)×(17.7740−2.7232)=8,916万4,250円〕
なお、本件全証拠によつても亡清隆が将来開業医として稼働し医療業経営者としての平均収益をあげ得たであろうことはまだ不確実であつて、これを前提として損害額を算定することは相当ではない。
2 次に、亡清隆固有の慰謝料につき判断するに、前記のとおり被告の不法行為は一方的かつ残虐なものであり、亡清隆の蒙つた苦痛が多大なものであつたことは容易に推認され、そして、右苦痛を慰謝するための慰謝料としては本件に顕われた一切の事情を考慮し、金一、〇〇〇万円をもつて相当とする。
3 よつて、亡清隆は被告に対し右12合計金九、九一六万四、二五〇円の損害賠償請求権を有していたところ、請求原因3(三)の事実は当事者間に争いがないから、原告茂六、同ふみ江は右債権を二分の一ずつ各金四、九五八万二、一二五円宛相続したこととなる。
4 <証拠>によれば、被告の不法行為によつて蒙つた原告らの精神的苦痛は計り知れないものであることは容易に推認され、右精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、本件に顕われた一切の事情を考慮すると、原告らの慰謝料としては、原告茂六、同ふみ江については各金四〇〇万円、同健二、ゆき子については各金一〇〇万円をもつて相当と認める。
5 <証拠>によると、亡清隆の葬儀が原告茂六の手によつて行なわれ、その費用として約五〇〇万円を支出したことが認められるところ、右葬儀費用のうち金九〇万円をもつて本件に基づく損害と認めるのが相当である。
6 よつて、前記二認定の被告の不法行為の結果原告らの損害額は、原告茂六につき金五、四四八万二、一二五円、同ふみ江につき金五、三五八万二、一二五円、同健二、同ゆき子については各金一〇〇万円となる。
四抗弁
抗弁事実は当事者間に争いがないから、原告茂六、同ふみ江の各損害額より右内払金各五〇〇万円を控除する。
従つて、原告茂六、同ふみ江が被告に対して請求しうる損害額は原告茂六につき金四、九四八万二、一二五円、同ふみ江につき金四、八五八万二、一二五円となる。
五結論
以上のとおりであつて、原告らの被告に対する本訴請求は、(1)原告茂六については金四、九四八万二、一二五円、(2)同ふみ江については金四、八五八万二、一二五円、同健二、同ゆき子については各金一〇〇万円及び右各金員に対する不法行為の日の後である昭和五八年五月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度でいずれも理由があるからこれを認容し、右原告らのその余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行宣言につき、同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官林 輝 裁判官松村 恒 裁判官小木曽良忠)